米国クイックシルバー社の8417モノブロック・パワーアンプ
(8417プッシュプル 60W)
このアンプが発表された1984年の「アブソリュートサウンド」(issue 36
Special Report)でのハリー・ピソンのレポートをいかに抜粋します。(当時のユニコ・エレクトロニクス社のカタログから。)
アブソリュートサウンド(編集長 ハリー・ピアソン)
今回のパワーアンプ・テストにおける最大の驚きは、最モ小さく、最も見映えのしない外観に包まれてやってきた‥……・クイックシルバーの60Wモノーラルアンプである。このアンプのおかげで私は、何百時間も費やしてきたアンプ研究の成果を再検討せざるを得なくなった。というのは、このアンプは幾つかの点で、もっと高出力で高価な競合品よりも、音楽の真実にすっと近づいていたからである。
設計のシンプルさ。よく知られた音響理論の、正確で巧みな適用。そして、素晴らしいトランス。
私がクイックシルバーに与えられる最高の賛辞は、私がメモをとることを忘れてしまったという事実である。私は音楽に没頭してしまった。実際、私はオーディオに対して新たな興奮を覚えさえしたのである。【私のようにオーディオに画期的な革新などめったにないと考えている人間を興奮させるのは、並大抵のことではない】。このアンプは、ほかのアンプにないやり方で、音楽を連れ戻してくれる。オーディオ・リサーチD-250やコンラッド・ジョンソン プレミアファイブを聴く時、私は自分が聴いていることを意識している。アンプの音を意識している。その意識を忘れようとすれば、出来ない事はないけれども。ところが、クイックシルバーの場合は、音楽ではなくアンプを聴くように、自分に言いきかせなければならなかった。
音場の左右は、い〈つかの一級のアンプほど広くないかもしれないが、その奥行きはリアルであり、ハーモニックスの忠実な再現は【トップエンドの減衰を考慮しても】完璧といってもよく、音質はスイートでクリーンである。ローレベルの情報を実に正しく再生しディテールの再現能力は、私がこれまで聴いた最高のものに匹敵する。昔像の明確さは非常に素晴らしく、その三次元的効果はコンラッド・ジョンソンのあの立体的イメージング効果をも凌ぐ。
内声部の分解能力の凄さは、自分で聴いてみるしかない【例えばライオネル・リッチーのオールナイト・アロングのバックで、どんなパーティが行われているのか知りたければクイックシルバーが教えてくれる】。オーケストラの楽器の中で最も特定しにくい昔であるヴィオラも、このアンプは正しく再生する。フレンチホルンの音も、自然な黄金の輝きをもって再現される。このアンプを使えば、オーケストラの楽器がどのように配置されているのか、奏者たちがどちらを向いて、どのように座っているのかを、実に簡単に見分けることができる。ウイルフレッド・ブラウンがフィンツイのティース・ナタリスを唱う時彼の発する鼻にかかった声から彼の胸板をはっきり感じとることができる。大出力にてクリップを起こした場合でも、ダイナミクスが抑えられるだけで、音場の拡がりや透明度は決して損なわれることはない。
まさに『小さな驚異』である。
18年前の評価ですから割り引いて考える必要がありますが、’99年8月に私が後継機種のKT88のモノと聞き比べたときにも、その音の魅力にはかなりのものがありました。以下は、その際に友人に送ったレポートの再掲です。
「音、見えるほどに、さわれるほどに」
~パワーアンプが変わりました。
1999.8
借りてきた二代目
遊びに来てくれた友人たちが引きあげた後、ピアノトリオのCDを静かに鳴らしながら、この真空管のパワーアンプはなかなかいい音だと、しみじみ思った。米国クイックシルバーのKT88モノブロック、60W×2。
この先代の60Wアンプが1984年にデビューしたとき、ハイエンドオーディオ誌「アブソリュート・サウンド(直訳すると‘究極の音’)」で、編集長のハリー・ピアソンが絶賛して、一躍有名になった。いわく、「その三次元的効果はコンラッド・ジョンソンのあの立体的イメージング効果をも凌ぐ。」「内声部の分解能力の凄さは、自分で聴いてみるしかない。」
そこで使われていた8417という球が生産中止となり、イギリスで設計されたKT88を使って新バージョンで再デビューしたのが、その5年後。皆に聴いてもらったのは、アサヒステレオセンター(ASC)さんから試聴用に借りていたその二代目バージョン。ずっと使っていたラックスの出力トランスが断線し、巻き直して帰ってきたのを取りつけたら、今度は発振するわでアンプごと修理に出し、そんなときに借りることができた、というわけ。
実に厚みのあるコアの堂々としたトランス、随所に使われた高級パーツ、しかしちゃちい電源スイッチやスピーカー端子など、実質本位というか素っ気ないくらいの化粧っ気の無さ。でも、音はすごい。深々と広がるイメージ。厚みと反応の早さの渾然一体。雷の音(そういう自然音のCDがある)が、頭上に広がりながら聞こえてくるのを初めて聞いた。
トランスというモノは、一国の文化や産業の神髄というか、総合的なレベルを示すほどのものであると、これまで幾人もの人から聞いたことがある。何という懐の深さ。これじゃ、やっぱり戦争しても勝てるわけがないと、本気で感じざるを得なかった。KT88という振動しやすい構造の球は、何となく残響が多すぎるような気がして、ロシアの軍事工場で作られた6550Cを使ってきたが、差し替えてみてもこの中国製のKT88の方が、ずっと音がほぐれて、内声部の動きがよく分かる。
初代と二代目
そしてその翌日、初代の8417モノブロックをアサヒ・ステレオセンター(ASC)の梅川さんが届けてくれた。試聴してどちらかを選択するためである。新古品のKT88と違い、使い込まれた中古品でトランスの一部にサビが出て、球はかなりくたびれていた。裏板をあけてみると、一部の抵抗やコンデンサが熱で焦げたりしており、見た目では断然ぴかぴかのKT88の勝ち。火を入れてみると結構ハムも出る。トランスもうなる。確かに、相当の音の魅力がない限り、スペア球の入手の点からも圧倒的に二代目の優勢と思われた。 しかし、その音の魅力があったのだ、これが。
「バイブラフォン」という楽器をご存じだろうか?主にジャズで使われる。イタリアのライブ盤でゲイリー・バートンのソロをこのアンプで聴いたとき、マレット(いわゆるバチにあたるスティック)が当たったときの音と、その後の残響とがきれいに分離してたなびくのを、初めて目の当たりにしてしまった。ドナルド・フェイゲンのIGYでの各楽器や、バックグラウンド・ボーカルや‘つぶやき’のぞくぞくするような分解能の凄さ。姿を見ずに聞けば、これが真空管アンプの音とは誰も思わないだろう。ダイナコなどとは、まるで違う。ハリー・ピアソンの言ったことは嘘ではなかった。
だが、である。問題もあった。ハムが出るのはまあ何とかできるだろう。しかし、あまりにホログラフィックに、中高域中心に分離するので、足が地についておらず、どこか落ち着かない。KT88の厚みやエネルギーがこちらに届かず、もどかしい。色々聞いてみたが、やっぱり落ち着いて聞けるのはKT88の方か、と思いつつ、しかし待てよ、と考えた。何せ15年前に作られて結構使い込まれたアンプであり、まだ1日しか鳴らしていない。電気的にも安定にはほど遠いだろう。それに、一旦溶けてほぐれてしまったものをクリアにするのは至難の業だが、線の細いものに厚みを付けるのは比較的たやすい。真っ先に頭に浮かんだのは、細くてペナペナの15年前の電源ケーブルを太くて固いキャプタイヤ・ケーブルに替えて、医療用(ホスピタル・グレード)の3Pプラグを付けることである。腰の据わった芯のある音になるだろう。
しかし、いずれにせよもう一度KT88を聞いてみてからのこと。いろいろと思い乱れながら、翌朝一番からKT88をあたためて聞き始めた。恐ろしいもので、内声部やバックグラウンドの音の分離がよく聞こえず、見通しが良くない。バイブラフォンの音が一塊りのように聞こえ、ゲイリー・バートンが演奏のため飛び移って移動する音が、単にドサッという音にしか聞こえない。先週には至って満足していたのに、である。
意を決して、8417の電源ケーブルとプラグを交換して、つなぎ直した。待ちきれずに、鳴らし始めて、読みが当たったことを知った。地に足が着いたのである。指がベースの弦を滑る音とともに、ボディの音が地に響き始めた。ドラムスのさらさらとしたブラッシングとスティックの当たるアタック音とが、それぞれに空間の中で漂い始めたのである。そして、トランペットが前よりももっと突き刺さるように響き始めた。昔ジャズ喫茶で効いたJBLのホーンがほしいと思ったりしたのも、きっとこんな風に少しばかりの危険があっても、心に食い込んでくる音を求めていたのだろう。これで決まった。初代の勝ちである。
小さな奇跡
それにしても、なぜこんなに無骨なアンプなのに音がよいのだろうか。圧倒的にトランスの凄さが効いているだろうし、軍用規格など厳選されたハイグレード・高精度なパーツも寄与しているだろう。全ての部品の規格を覚えられるくらい部品数が少ない極めてシンプルな回路。高感度で特性の良い真空管。しかし、KT88ともこんなに違うのは、これは何か奇跡の組み合わせのようにさえ思える。
そして配線テクニック。確かに最短距離であるが、細い単線でアースも含めごく無造作なほどに結んでいる。ふつう、アースはもっと太い撚り線を使うだろうし、無酸素銅など純度にこだわるだろう。しかし、表面積が大きく酸化しやすい撚り線に比べ、はじめから錫または半田でメッキされて表面積の小さい単線は経年劣化がごく少なく音も安定しているだろう。それをはじめから織り込んでいるのなら、これは一つの見識である。そして、単線をしっかりと端子にからげて、かしめてから接触させ、それを半田で固定するというやり方は、振動にも強く、音の安定度を確実に上げるだろう。
回路の方も、よけいなパーツは信号回路内に持ち込まず、個々の素材の特性を生かしていく方式のようである。新鮮な食材を使い最高のオリーブオイルで仕上げるイタリア料理の様な感がある。
レストアの楽しみ
出力管の8417は既に生産中止であるがASCさんのご尽力でメーカー正規のスペア球等の入手を確保でき、インターネットから見つけた埼玉のショップからも2ペア入手できた。インターネットでアメリカなどの業者も当たってみよう。たとえ入手できなくても、海外の真空管供給事情が分かって大変面白い。
とはいえ、なにせ15年前のアンプである。あちこち手を入れてやらねばならない。ため込んでおいた虎の子のパーツを奢ることにしよう。軽く10Aは流せる米カーリング社の電源スイッチ。電源用にフランスSCRのポリプロピレン・フィルムコンデンサ100μ630Vを4本。米スプラグの軍用規格の電解コンデンサ。唯一信号が直接通るカップリング・コンデンサには米ASC。精密級の金属皮膜抵抗など。これからの週末は、少しずつレストア(修復)しながら、音楽を聞いていくことが何よりの楽しみとなるだろう。急ぐことはない。これから時間をかけてじっくりと理解していけばよい。
柔らかく、しかし切り結ぶように、また音に対峙する週末がやってくるだろう。音、見えるほどに、さわれるほどに。
8417のグリッド抵抗には150KΩというかなり高い値が選ばれている。アメリカでは古いアンプの改造(Mod=Modification)がはやっており、それらのサイトでは共通して高いグリッド抵抗値が不安定化の原因となるから、もっと下げろ、と書いている。ところが、その通りに例えば47KΩでやってみると、音場の広がりはどこかに行ってしまい、見事に少しぼってりとした厚めの「普通の真空管アンプの音」になる。マイク・サンダースはこの辺をきっちり押さえて、8417という球にこだわったようだ。
電源も重要。整流管からコンデンサに出力したDC電圧をそのまま8417のプレートとスクリーン・グリッドに加えている。(通常はノイズ対策のため抵抗かチョークコイルを通します。また、プレートと同電圧だとスクリーン・グリッドの最大定格に近い電圧になって、出力管にはかなり厳しい回路です。)VTLのD.マンレイ氏が言うように、音のスピード感を極力殺さない配慮であろう。
また、ロジャー・モジェスキーが推奨するように、調整箇所はペアチューブの合計電流値1カ所しかない。出力管は当然きっちりと特性の揃ったペアであることを前提として。つまり、少しでもアンバラがあれば、容赦なくハムノイズが「ブー!」と出る。
信号の流れに沿った最短のワイヤリング、電源部のACラインを片方にまとめて入力系と分けるなど、最小限の距離で各パーツをコンパクトに凝縮させた、というのがぴったりとした表現であり、設計者マイク・サンダースの唱えるKISすなわち“Keep It
Simple”というモットーが如実に生きているアンプである。
無骨な外観であるが、結構過激なアンプであることがお分かりいただけるのではないかと思う。
左の写真の通り、現況は、電源コンデンサや、入力・SP端子などかなり手を加えたものとなっています。また、トランスカバーを現行の新品に交換し、真空管にはパールのチューブクーラーを装着しています。
カップリング・コンデンサはASC、MIT,VTV(ヴァキューム・チューブ・ヴァレイ)などを経て、情報量と解像力から最終的にオーリキャップ(Auricap)に決まった。1カ所(スプラグのアトム)をのぞきコンデンサは全てフィルムとなった。抵抗もRN70ミリタリーグレードやホルコ、さらにはヴィシェイ、キャドックの金属箔抵抗に交換。入力とスピーカーの端子はカルダス。電源ケーブルはJPSラボとハベルのACプラグ。真空管も8417はシルバニアの初期型をインターネットで確保し、その他は解像力の高さからロシア製を投入した。
また、我が家は30階建てマンションの2階で、キュービクルが近いのか電圧がかなり高めに出るため、貴重な出力管をとばしてしまった。そのため、CSEの1KW電源FP-1000を入れたが、電圧の安定化だけでなく、音の深みやクリーン化にも貢献している。
(’02.8.24)