デジタルとアナログ~クロック再び
デジタル回路はアナログ回路
サウンドゲートのMASAさんが言っていた、「デジタルでは何をしても音が変わる。」というのはとても含蓄のある言葉だ。同軸、ツイストペア、ケーブル、プリントケーブルなどどれで接続するのか、コネクタを共通にするか、単独にするか、どんなコネクタにするか、シャーシの強度、基板や部品の配置、それこそ枚挙にいとまがないそうだ。
でも、似たようなことを僕らも言ってなかったか?そう、「アナログはどこをいじっても音が変わる。」
結局、デジタル回路もアナログ回路なのだと思う。例えばもう我々の視界から消えてしまったFMチューナーのような高周波技術に近いものがあるのだろう。高周波では信号の飛び付きを抑えるため一点アースなどではなく、できるだけ近くに落とすニアバイ・アースが常識だ。ワイヤリングについても、長さや経路をシビアに詰める。
アンプの世界だって、例えばジェフ・ロウランドがおもしろいことを言っている。
ジェフのアンプでは基板のパターンは直角ではなく、「ナチュラル・フロー・サーキット」というカーブを描くようにエッチングされる。「すべて流れるものは直進しようとする。」というのが基本の思想で、測定で証明はできないが、音質的には納得できるのだそうだ。先日ある計測システムの専門家と話していたら、コンピュータの世界ではマシンスピードの点では、この考えはもう常識になりつつあるらしい。
デジタルというと、パルス・ピコピコのイメージだが、実際には有限時間で立ち上がり立ち下がる「不完全な」パルスが、これらの「実際の」アナログ回路をエッサエッサと動いていくわけだ。しかも電子のスピードは光に比べてはるかに遅い。また、0か1かを判別するのは、閾値(しきいち)=Threshold
Levelという有る値を超える電圧を持つかどうかで判別するのだから、これも相対関係で決まるし、電源が決定的な重要性を持つ事の説明の一つにもなる。
デジタル機器の「製造」はノイズや誤差との戦い、ということになるのだろう。しかし、始末の悪いことに、デジタルでは補正が常におこなわれるので、音が飛ぶようなことはあまり起こらない。だが、音は確実に悪くなっていく。
となると、冒頭の言葉は凄く説得力があることがわかる。
クロック再び
インターネットではすべてのパケットにアドレスが付いていて、細切れに流れていても行き先がちゃんとわかるようになっている。デジタル音楽データについては、それぞれに張り付いているクロック信号がいってみればアドレスに当たるのだろうが、実際はもっと死活問題だ。迷子パケットの場合は、結果としてデータの一部が欠落する。しかし、デジタル音楽データは「シリアル・データ」、つまり連続したデータなので、クロックに沿って信号を読み出していく中である部分でずれるとすべてがだめになるらしい。
様々な原因で生じる時間軸の歪み=ジッターはここを揺らすわけだ。
しかも問題は実際には部品としての理想クロック=発振子はない、ということだ。水晶、ルビジウム、セシウムそれぞれに特徴が有るそうだが、温度偏差や雑音など、いずれにせよ限界があるそうだ。そのような「現実の」クロックを使って、「現実の」アナログ回路の中を、「不完全な」パルスが走っていくわけだ。
そしてややこしいのは、各機器でこのクロックがみな違う、という事だ。それはクロック自体の個体差や誤差の事だけでなく、「発振周波数」が違うということだ。
質問その1「えっ、クロックって44.1kHzとか、88.2kHzって事じゃないの?」
勿論それもクロックなのだけれど、それは「ワード・クロック」といって、サンプリング周波数と同じクロックのこと。実際には機械の中で、「マスタークロック」というサンプリング周波数の例えば256倍などの高い周波数を発振子が出し、それを「分周」して、ワードクロックなど、より低いクロックを作り出している。
質問その2「じゃあ、外部から供給されるのがサンプリング周波数と同じワードクロックだったら、どうやって機械のマスタークロックとマッチングをとるの?」
ここで話が佳境に入ってくる、さあお立ち会い。
外部クロックの話
外部からワードクロックが供給された場合、それはPLL回路で位相制御し、より高い「マスタークロック」を作り出す。
「じゃあ目出度し、目出度しじゃん。」と行きたいところだが、どうも高いのを下げるのは比較的問題がないが、上げるのは精度的にどうしても問題が残るらしい。
質問その3「だったら、ワードクロックじゃなくて、マスタークロックを外部供給すりゃいいじゃん!」
その通り。またそういう機器も業務用には出始めているらしい。
ところがどっこい、さっきの話を思い出されたい。各機器の「発振周波数」がそれぞれ違うということだ。つまり、外部マスタークロックは汎用性では現実には限界がある。
じゃあ、なんでこの話を長々としたかというと、今回MASAさんに聞かせてもらった試作品は、この外部マスタークロックだったからだ。トラポはCECの2100という3万円台の超普及品。それにBNCケーブルでCEC用周波数のマスタークロックを供給する。発振子は水晶で、今ある中で最高のものだそうだ。ルビジウムは独特の癖があるので、採用しなかったとのこと。それをベルデンのデジタルケーブルで我が家のパーペチュアルのDACにつないで聞く。
ブルックナーの9番アダージョ。弦の細やかな響きがよくわかる。複数の異なる楽器が微妙に重なって全体のテクスチャを作り上げているのがとてもよくわかる。何より音楽に聴き入ってしまう。
風待レーベルのNEUMAの「窓」ギターの演奏ノイズや奏者の息遣い、唇のぬれた感じが何とも生々しい。
他にもいろいろ聞いたが、音的にはいろいろあるが、音楽に聴き入らせてくれるのがいい。
次にDACをMASAさんが改造したティアックの普及品(44.1KHz/16bit)に換える。CD特有のトゲっぽい感じが少しあるが、ストレート感ではむしろこちらの方がいい。「位相特性を考慮したパッシヴフィルター」を用いたあるDACを使うと、このトゲっぽさが消えて、制約感のないCDの音が聞けるのだそうだ。それは聞いていないのでまだわからないが、このダイレクトな感じはとても聴き応えがある。
試作品には数々の工夫が有るそうだが、それは発表されてからのこととしてここでは触れない。でもCDにはまだまだ可能性が残されており、それを実感できたことはとても印象的で良い経験だった。